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2009/毎日新聞

【新教育の森:知的障害児らに家庭教師を派遣】

高いニーズ「学びは生きていく基本」〔毎日新聞 2009年11月28日 東京朝刊〕





知的障害児や発達障害児の親にとって、放課後の学習は悩みの種だ。受け入れている進学塾や家庭教師は少ない。そうした中、10年前から知的障害児らを専門に家庭教師を派遣してきた会社があると聞いた。【井上俊樹】
◆手作り教材を用意
「1たす4はいくつ?」
「14!」
週に1度、家庭教師の派遣会社「ガッツソウルカンパニー」(東京都中央区)から派遣された川口恵さん(23)の質問に、男児(8)が元気良く答える。「本当に14かな」。そう言って川口さんは、用意していたあめ玉を学習机に「一つ」「二つ」「三つ」と並べていく。
「分かった。5だ!」
「そう、よくできました」。男児に笑みが広がった。
男児は2歳半のころ、自閉症と診断された。現在は神奈川県内の特別支援学校に通う2年生。平仮名は大体読めるが、10以上の数字が苦手。電車が大好きで、「東京」「横浜」といった漢字を行き先や駅名として覚えているが、それを「東」と「京」と分けると読めなくなる。
川口さんは担当する子どもそれぞれの理解度や興味に合わせた手作り教材を毎回用意してくる。この日は「カタカナを読めるようにしてほしい」という保護者の要望で、テレビやパソコンなど、身近にある電化製品の写真を厚紙に張った教材を作ってきた。写真の下に「テ」「レ」「ビ」とパズルのように1文字ずつはめ込めるようにし、うまく解けると思い切り褒めて好きな電車のイラストを描いてあげるのも興味と集中力を引き出す方法の一つだ。母親(36)は「褒めてもらうことで『僕もできるんだ』という自信につながっている。親ではうまく褒められない」と言う。
◆先生来る日を心待ち
「先生が来る日が楽しみ」。中度の知的障害がある東京都の宇野恵利加さん(20)が家庭教師を依頼するようになって7年目に入った。現在の担当者はやはり川口さん。特別支援学校の高等部を卒業後、都内の工房でパン作りの仕事に就くようになってからも毎週続けている。
母叔子さん(52)が特に力を入れて指導してほしいと願っているのが国語力や文章読解力。「障害を持っている子にとって学習は生きていくために必要。学校を卒業したら終わりではない。それなのに大きくなればなるほど機会がなくなる」と叔子さんは言う。
◇接し方や教え方を重点研修 毎回保護者に理解度伝える--専門派遣事業、大阪と東京で展開中
ガッツは99年に大阪府で設立された。代表の高田成啓さん(39)が大阪府枚方市で兄らと経営していた小さな学習塾に、小学5年生のダウン症の男の子を持つ親から「家庭教師をしてほしい」という依頼があったのがきっかけだった。この依頼を引き受けたところ、新聞で取り上げられ、問い合わせが相次いだ。ダウン症や自閉症、知的障害といった医師の診断がある子どもだけでなく、学習障害など何らかの困難を抱えている子の家庭教師の需要が多いことに気付いた。そこで、こうした子に特化した家庭教師の派遣会社として本格的に事業を始めた。
高田さんは当初、進学塾と同じ感覚で、有名大学や教員養成系大学の学生を中心に家庭教師を採用した。だが、やがて保護者が求めているのは偏差値の高い家庭教師ではなく、障害を持つ子とうまく信頼関係を築いて、コミュニケーションを取れるかどうかだということに気付いた。
「何とか高校には行かせたい」。「小学生レベルの知識だけでも得させたい」。「一人で電車に乗れるようにさせたい」。障害に応じて、保護者の願いも目標も千差万別だ。高田さんは採用に際して大学名を考慮しないようにする一方で、採用希望者を対象とした研修に力を入れるようにした。
先輩の家庭教師に何度か同行して、徐々に障害がある子たちとの接し方や教え方を学び、社内での勉強会ではそれぞれの障害の特徴や対応の仕方、教材の作り方などを学ぶ。こうした研修の間に希望者の半数程度が不合格になったり、自ら断念するという。
03年には東京にも進出した。大阪から東京に引っ越した子の保護者から「新幹線代を出すから今まで通り来てほしい」と要望されたのがきっかけだ。
家庭教師代は東京6250円、大阪6000円(1時間)。始めたころは「障害者から金を取るのか」といった批判の声も寄せられたというが、高田さんは「ボランティアではないからこそ保護者は本音で要求できるし、スタッフも責任を持って指導できる」と説明。学習時間とは別に毎回30分程度、保護者と話し合う時間を設けて、その日の学習内容や理解度、今後の計画などの説明、相談も行っており、「決して高くはないと思う」と自信を見せる。
家庭教師派遣は原則として東京都と大阪府の周辺。派遣地域以外の保護者を対象に、12月1日から学習の方法や教材の選び方などの有料の電話相談(30分2500円)を始める。問い合わせは、いずれも電話050・3735・8499。
◇公文は障害児ら対象に直営教室 大人になっても継続多く
◇学校卒業後に減る「読み書き計算」補う場
決して多くはないが、障害児を受け入れている学習塾もある。広く知られているのが公文だ。首都圏と大阪府内に計5カ所、知的障害児らを対象にした直営教室「つくしんぼ教室」を開設しているほか、全国各地にフランチャイズ展開している教室の中にも、健常児と一緒に障害児を受け入れているところがある。また、年に1回、「障害児指導研究大会」を開催して、指導方法などの改善を続けてきた。
「スモールステップ」と呼び、その時の力に応じたプリントを使って繰り返し学ぶのが公文の学習法だ。子どもたちは自分の好きな時間に教室に通って配布されたプリントを各自で解き、指導者に見てもらう。仮に学年が同じでも、プリントのレベルも、1回に与えられる枚数も異なる。理解力に差がある知的障害児や発達障害児にとっても受け入れやすい学習法だ。
東京都千代田区の東京本社内で週に2回開かれている、つくしんぼ教室を訪ねた。スタッフの近くで生徒が机に向かって問題を解く姿は、他の公文の教室と大きな違いはない。一般の教室では小中学生が大半なのに対して、ここには成人した人も数多く通ってきているのが特徴だ。
指導歴が40年近い工藤美智子さん(67)は「特別支援学校では、高学年になると就業に向けた作業訓練などが中心になる。卒業後はますます読み書きや計算を学ぶ機会が少なく、大人になっても続ける障害者が多い」と語る。
障害児を受け入れている教室などの問い合わせは、日本公文教育研究会電話0120・372・100。

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